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アンスネスのシューマン [音楽]

ムクゲ


Piano Concerto in A minor, Op. 54
Leif Ove Andsnes, piano
Franz Welser-Möst
The Cleveland Orchestra
January 2016, Night Concert Hall (Miami residency)


今年はシューマンのピアノ協奏曲をよく聴きました。アンスネスをソリストに迎えた1月のマイアミ演奏会、8月の平和の夕べコンサートでの萩原さん、そして再び11月のN響定期にアンスネスが登場しました。

1月の演奏会。アンスネスの最初のタッチを聴いた途端、脳裏に浮かんだのはヴェルザー=メストの言葉です。「アンスネスは20年前の彼とは違います。非常に深みのある完璧な音楽家になっているのです。」冒頭から「おや、これは…すごいかも」と思いながら、一気に引き込まれたのを覚えています。そして先日のN響。疾走感溢れるピアノは、マイアミとはまた違った趣、瞬く間に魅了されました。

シューマンがクララのために書いた本曲は、男性の持つ包容力、安心感、気遣い、優しさ、凛々しさ、情熱、切なさ、儚さ、全てが詰まった宝石のような曲です。オケもピアノも相当難しいため、お気に入りの演奏に出会うことが少ない気がします。

青梅のように瑞々しいヘルムヒェンや、黄昏時に窓際に佇んでいる男性をイメージさせるアラウとも違う。ヴェルザー=メストとアンスネスのシューマンは、成熟した大人の深い愛をもっとも感じさせる演奏でした。らじるで聴いた演奏が、颯爽とぐいぐい進む大変素晴らしいものでしたから、しばしマイアミの演奏を忘れていたのですが…。


ヴェルザー=メストとクリーヴランド管の伴奏が、メランコリックで幽玄的な雰囲気を作り出していたように思います。オケ全体のカラーである白磁のように透徹した美しさ、翳りのある木管の音色、陰影に富んだ弦楽器がアンスネスをサポートします。シューマンの描いた美的世界を、ここまで綺麗に昇華させた演奏はめったにないと思うのです。漣のように押し寄せてくる旋律を、アンスネスは一音一音丁寧に紡いでいました。

第1楽章。オーボエの渋い艶のある音色が耳を引きます。吹いているのはおそらく、首席のローズンワインさんではなくラスブン氏かな。(今度のドイツレクエムでも彼が1番を吹いています。)クリーヴランドの深みのある弦とアンスネスの透明度の高いピアノが絶妙にブレンドされ、何ともいえない幻想的な雰囲気を作り出します。アンスネスのピアノは、細やかな優しいタッチと芯のある強さが同居する特筆すべきもの。さらりと弾いているようで、実は相当コントロールされているような印象を持ちました。特にカデンツァでの、迫力のあるタッチが、情熱的な愛の告白のようにも感じられて、非常に良かったです。

春の木漏れ日の中を歩きながら、愛を語らうかのような優しいイメージの第2楽章。アンスネスの静謐なタッチがキラリと光っていました。第3楽章。スタイリッシュに決めていたEMIの録音と違って、非常にゆったりと夢の中を進んでゆくかのような演奏でした。

ヴェルザー=メストが指摘するように、10年以上前のEMIの録音から、アンスネスは確実に進化を遂げています。若狭塗り箸のように、きっとこの十数年間で塗り重ねた(=積み上げたもの)ものが、今の彼の演奏にきらりと光るものとして表れているのだろうなと思いました。


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T.D

素晴らしいレビューです。マイアミでのシューマンをこれほどまで美しく丁寧に文章にされると、もうため息しか出ません。"男性の持つ包容力、安心感...宝石のような曲"...。私も兼ね備えたいものです笑 アンスネスのピアノにはいぶし銀とも言える美しさがありますね。ブログを拝読してから何度かこの曲を聴き直していますが、新たな魅力に気づきました。

私はローズンワインさんのオーボエが好き(R.シュトラウスのオーボエ協奏曲を聴いて)なのですが、最近は登板の機会が減っているのでしょうか...。だとしたら残念です。しかしこの曲のオーボエ、秀逸ですね。手の届き切らない切なさ、哀愁、こうした複雑な心情を確実に捉えているようで、一気に引き込まれます。

"春の木漏れ日の中を歩きながら..."という解釈、シューマンの胸の内にある恋の色を感じさせる美しい表現に脱帽です。
by T.D (2016-12-07 21:55) 

menagerie_26

T.Dさん

1月に聴いた時は、それほどイメージが膨らまなかったのですが…N響の後で聴き直してみると、この演奏会のよさがじわじわと伝わってきました。繰り返し耳を傾けることで、混沌としていた曲のイメージが固まったのかもしれません。勝手な妄想も入っていると思います笑。お褒めいただき恐縮です。アンスネスのピアノは、迷いのない正確無比なタッチと、美しさが同居する完璧な演奏でした。

今夏のツアーに、ローズンワインさんご夫妻が不在だったのはお気づきでしょうか?(奥様はアソシエートコンサートマスターのLeeさんですね)。双子のお子さんが生まれたようなので、多忙だったのかなあと。今後は徐々に、登板機会は増えると思います。ベテランのラスブン氏の音色も素敵でした。”手の届き切らない切なさ"、まさにそのようなイメージですね!!


by menagerie_26 (2016-12-09 00:50) 

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