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尋ねる耳 [和書]


はじめてのクラシック (講談社現代新書)

はじめてのクラシック (講談社現代新書)

  • 作者: 黒田 恭一
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1987/10/19
  • メディア: 新書



初心者を対象にしたクラシック音楽の本は数多く出版されているが、黒田さんの著書はひときわ秀逸だ。昨今、音楽評論家、アマチュアのクラオタと呼ばれる人々の間では、過激な批評で読者の関心を引こうとするきらいがある。対照的に黒田さんの文章はソフトで穏やか。作曲家と演奏者への謙虚な眼差しは、確固たる信念に裏打ちされたものだ。


「クラシック音楽というミカンにかぶりついて、肝腎なのは、この味から判断すると、おそらく、このミカンは紀州産でしょう、と能書きをたれることではなく、「やあ、美味しかった!」のひとことをいうことである。」


聞き下手、無神経な人間に限って、聞いた音楽のあら探しをする。長年音楽を聴いていれば、「いちおうの目利きになるのは容易だが、見巧者になるのは容易ではない」と断言している。

振り返ってみるとこの5年間毎日、クラシック音楽を聴いていた。何が自分をそうさせたのか。黒田さんが言うように、音楽を聴くたびに「やあ、美味しかった!(=心を揺さぶられる)」という体験を重ねている証なのだと思う。黒田さんのご友人にとって、クラシック音楽の旅の最初の案内人がグルダであったように、私にとっての案内人はヴェルザー=メストとクリーヴランドオーケストラの音楽なのだ。道を照らしてくれる人がいるのはとても心強い。


本書では、コンサートとレコーディング鑑賞の違い、オペラのこと、ディスク選びの落とし穴など、実に様々な観点からクラシック音楽について述べられている。中でも印象に残ったのは、タイトルに揚げた「尋ねる耳」についての項目だ。


とある小学校の音楽の先生が、子供たちに「ソナタ形式」を教えるエピソードがある。教材はモーツァルトのホルン協奏曲第1番。この先生は、まず子供たちに馴染みのある鉄腕アトムのメロディを聞かせ、その後、他のメロディと鉄腕アトムの旋律をミックスして演奏をする。アトムのメロディが聞こえたら手を挙げるように指示を出す。時には転調し、時には変形してアトムのメロディが提示される。オリジナルどおりには演奏されないため、子供たちは戸惑いを見せるのだが、音楽を探そうと一生懸命に耳を傾ける。すなわち「尋ねる耳」で音楽に向きあうのだ。
アトムで耳慣らしをした後、いよいよ本題のホルン協奏曲第1番のメロディを教えられる。旋律を覚えた後、アトムの時と同じように、その旋律が聞こえたら手を挙げる。子供たちにとって、アトム以上に難解であるのは言うまでもない。この先生のすごいところは、一度も「ソナタ形式」という言葉を使わずに、実体験を持って子供たちに「ソナタ形式」を教えようとしていたところだ。私もこんな先生に教えてもらいたかったー、と思わずいはいられないエピソードだった。


漫然と聞いていると注意が散漫になり、退屈しがちだ。黒田さんは、ソナタ形式を少しでも意識しながら聞くと、耳に遊んでいる暇がなくなり「尋ねる耳」の感度が高くなると指摘する。スコアが読めなくても、ソナタ形式がどういうものかはなんとなく理解できるわけだがら、展開部や再現部を意識しながら聴くのは、音楽を深く理解する上では実に効果的だと思う。初めて聞く曲に対しては、さすがに「尋ねる耳」になるのは難しい。ある程度知っている曲について、「尋ねる耳」で聴くとより深い次元で音楽に触れることができるはずだ。


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