ブラームス ピアノ協奏曲第1番 - Johannes Brahms Cycle No. 8 - [Johannes Brahms Cycle]
Piano Concerto No. 1 in D minor, Opus 15
The Cleveland Orchestra
Franz Welser-Möst
Yefim Bronfman
February 2015, Severance Hall
芸術や芸事の世界では、師匠ほど将来を左右するものはない。いくら才能があっても、自分の手を引っ張ってくれる人に出会えなければ、大きなチャンスは訪れにくいものだ。
もしブラームスが、シューマンに見出されることがなかったとしたら、彼の音楽はここまで受容されなかったのではないか、と思うことがある。早熟の素晴らしい才能の持ち主ではあったけれど、元来の内向的な性格のゆえに、作品を書いては捨てるを繰り返していたらしい。シューマンによって表舞台には出たものの、周囲の嫉妬ややっかみに、焦りや苛立ちを感じたであろうし、恩師の名に恥じない作品が書けるのかどうか、葛藤の連続であったはずだ。追い打ちをかけるようにシューマンの死がブラームスを襲う。
そういった状況の中で誕生したのが、ピアノ協奏曲第1番だ。「圧倒的な若いエネルギーに満ちた作品」とヴェルザー=メストが力説するとおり、円熟期の2番とは正反対の曲想だ。堂々たる雰囲気の中にある、ブラームスらしい甘く切ない旋律が心に沁み入る。
第1楽章。強烈なティンパニーのロールを期待していると肩透かしを食らうだろう。ヤンチッチ先生は確かにアップで映るのだけど、これ見よがしには聞こえてこない。ティンパニーの響きにさえ、気品があるのだ(ただこれはヴェルザー=メストの時だけかもしれない。ドホナーニさんが客演すると、ヤンチッチ先生の響きは変わるので!) 。序奏での、音の厚み、広がり、まとまりが唖然とするほど素晴らしい。轟音のような強烈さではなく、毅然とした凛々しい雰囲気が漂う。念のため2012年のセヴェランスホールでの同曲を聞き直してみた。ほぼ同一だったので(完成度は2015年の方が断然良いですよ)、これはヴェルザー=メストの解釈と考えて間違いないだろう。
ブロンフマンは強い個性の持ち主というより、鍵盤の上で自由自在に伸びやかに演奏する人だ。ダイナミックレンジが驚くほどに広い。体躯を存分に活かしたパワフルなフォルテは、若いブラームスの世界によく合っているし、第2主題をこの上なく繊細に奏でているのも素晴らしかった。
クララ・シューマンを想いながら書かれたという第2楽章。中間部のクラリネットとオーボエの儚げな旋律に聴き入ってしまった。
第3楽章。冒頭から、ブロンフマンのくっきりとした音の輪郭、生き生きとしたピアニズムがキラリと光る。ヴェルザー=メストとオーケストラの伴奏は、暗から抜け出し颯爽と歩き始めるブラームスをイメージさせる。時折現れる哀切なメロディを、ブロンフマンは重くならずにさらりと弾きこなしていた。
この演奏大好きです。余りあるパワーを内側に放射するような曲ですね。あくまでも内向きなブラームスの煮え切らない心情が感じられて、その葛藤が推進力になって漕ぎ進んでいるような印象を、マエストロの演奏から想像しました。
ブロンフマンについても同意見です。曲をブロンフマン色に染めることがないからナチュラルにブラームスらしさを感じることができて良いですね。マエストロとの相性も素晴らしいと思います。
マエストロは弦をよく歌わせるのが得意ですし、それが引き立つようなヤンチッチさんの演奏はさすがです。素晴らしい奏者は音が小さくてもやはり存在感があるものですね。
by T.D (2016-08-07 16:58)
T.Dさん
「葛藤が推進力になって漕ぎ進んでいるような印象」、これ以上ないほど的確な表現ですね!
その推進力が不足気味で音楽が滞っていた2012年の演奏と比較すると、ずいぶんと洗練された印象を受けます。
ティンパニーを派手に響かせる演奏が多い中で、ヤンチッチさんの音色は独特でした。マエストロの解釈、意向をよく汲み取った演奏をなさっていると思います。
ブロンフマンはクセがなくてどんな作曲家にもなじみますね。
演奏が終わった後の、肩を抱き合って喜ぶブロンフマンとヴェルザー=メストの表情も良かったです。
by menagerie_26 (2016-08-09 02:20)
白熱の第一楽章も良いのですが、第二楽章の美しさといったら、鼓膜がトロけてしまいそうになります笑
2012年の演奏は聴いていないのですが、この3年はマエストロの演奏に変化のあった時期といえますよね。ひょっとするとウィーンを去ったのも彼にとってどこか吹っ切れた要因なのかもしれません...。
演奏後のブロンフマンとマエストロは、なんだか戦友のような関係に見えました笑 本当に良いコンビネーションでした!
by T.D (2016-08-09 17:36)
T.Dさん
繊細な第二楽章の処理も巧いですよね。
穏やかで美しい旋律に身を委ねていると、クララを思慕するブラームスの姿が浮かんできます。
2012からの3年間は、葛藤の時期だったかもしれないですね。
ウィーンを去ったことは、結果的に音楽面でプラスに働いているように思います。
演奏後の二人の晴れやかな表情を見るたびに、毎回笑みがこぼれます(^^)。まさに戦友という言葉がぴったりですね!
by menagerie_26 (2016-08-10 21:58)