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Mahler マーラー [洋画]

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マーラー (1974年、イギリス、ケン・ラッセル監督)

グスタフ・マーラー - ロバート・パウエル
アルマ・マーラー - ジョージナ・ヘイル
べルハント・マーラー- リー・モンタギュー


ケン・ラッセル監督のマーラーを観た。
奇天烈なシーンは多いのだけれどそれはご愛嬌。マーラーとアルマを巡る良質の伝記映画あるいは恋愛映画として最高の部類に入る名作だ。
個人的に今マーラーの6番がブームのせいか、クライマックスで6番の第1楽章、第2主題(アルマを表す)をバックにマーラーとアルマが愛を確かめるシーンでは、まるで水戸黄門の印籠を出されような気分になってしまった。待ってましたと言わんばかり(^^: 


「僕の音楽がある限り、僕らの愛は生きる」という何とも粋なマーラーの台詞に陶然とならざるを得ない。マーラーよりアルマ役の俳優さんの方が年上なので史実とはちがう配役なのだけれど、このシーンを観るたびに、実際の2人はこういう関係だったのだと信じたくなるのだ。その後の悲痛な事実を知っているからこそなおさらなのかもしれない。


物語はアメリカでの演奏会より帰国し、ウィーンへと向かう列車の中から始まる。
回想シーンとマーラーの夢の中を視覚化したファンタジーシーンを織り交ぜながら、大作曲家の生涯を具に描いていく構成である。


回想シーンで印象的だったのは、幼少期とアルマが自分の曲を土の中に埋める場面だ。

子沢山のユダヤ人家庭で生まれ育ったマーラーの少年時代は、幸福とはかけ離れていたようだ。好色で暴力的な父親と一家を支える憔悴しきった母親の姿。こんな毒親の親父さんのもとにいたら精神が蝕まれてもおかしくないだろうなぁと、思わず同情してしまった。


マーラーがアルマに作曲を禁じる場面はアルマの心情がひしひしと伝わってくる演出、映像だった。
アルマの歌曲をマーラーが伴奏し、傍らにいる歌手が歌う。歌い終わった後、アルマは自分の曲を見てくれたことにお礼を言うのだけれど、マーラーは彼女の曲など眼中になく、さっさと止めろと言わんばかりの示唆的な態度を取る。傷心のアルマは譜面を箱にしまって、森の中に埋めてしまう。前作のように台詞でつらつらと説明するよりも遥かに説得力のあるシーンだった。


劇中の演奏はハイティンク指揮、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団。
音楽にすべてを語らせるタイプのハイティンクの指揮のもと、マーラーの曲を堪能できる点もお奨め。






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Mahler auf der Couch  マーラー 君に捧げるアダージョ [洋画]

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マーラー 君に捧げるアダージョ(2010年、ドイツ・オーストリア合作、パーシー・アドロン& フェリックス・アドロン共同監督)

グスタフ・マーラー - ヨハネス・ジルバーシュナイダー
アルマ・マーラー - バーバラ・ロマーナー
ジークムント・フロイト - カール・マルコヴィクス
アンナ・モル - エーファ・マッテス: アルマの母。
ユスティーネ・マーラー=ロゼ - レナ・シュトルツェ: グスタフの妹。
ヴァルター・グロピウス - フリードリヒ・ミュッケ


先日のマイアミでのマーラー6番に触発されて借りてきたのが本作、マーラー 君に捧げるアダージョだ(公開当時は食指が動かなかった)。マーラーの映画と言えばケン・ラッセル監督の作品しか知らないので、どんな風に描かれるのか興味津々で鑑賞したのだが・・・。マーラーについて背景知識の無い人が観たらちんぷんかんぷんだろう。


アルマの不倫を知って動揺したマーラーが、フロイトに助けを求める場面から始まる。
物語はフロイトによるマーラーの精神分析をベースに、出会いから破綻、大作曲家の死までを描く。時折当時の著名人(ブルーノワルター、ツェムリンスキー、クリムト)や親族のインタビューを挟みながら進行する一風変わった構成だった。


フロイトはマーラーに何度も問う。
あなたに罪の意識はないのかと。 罪悪感は無いのかと。


当時、19歳年下のアルマは美貌と芸術的才能に恵まれた社交界の花形だった。
アルマはマーラーの才能に惹かれて結婚したものの、自身の作曲活動を禁止された。自分は夫のために犠牲になったと考える。だから不倫したって当然でしょ、と言わんばかりの態度である。
精神分析が進むうちに、マーラーは自分の犯した罪(=アルマの心の拠り所を奪った)に気付くというオチなのだが、何とも釈然としない終わり方だった。
アルマの心が何故マーラーから離れていったのか、もう少し掘り下げて描いて欲しかったな。


不満タラタラながらも、劇中のサロネン指揮&スウェーデン放送交響楽団による音楽は素晴らしいの一言に尽きる。映画の後、交響曲第10番のアダージョがしばらく脳内から離れなかった。抑制の効いた端正な演奏であり、楚々たる魅力に溢れていた。




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Amour [洋画]

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愛、アムール(2012年 仏、ミヒャエル・ハネケ監督)

出演
ジャン=ルイ・トランティニャン - ジョルジュ
エマニュエル・リヴァ - アンヌ
イザベル・ユペール - エヴァ
アレクサンドル・タロー - アレクサンドル


ピアニストのアレクサンドル・タローさんが出演しているらしいから見てみようかなと気軽に借りてきたこの作品。予想以上に重い内容だった。

パリの高級住宅街で暮らす元音楽教師のジョルジュとアンヌ。二人そろってアンヌの教え子、タロー(タローさんは本人役!)の演奏会に出かけるなど悠々自適の生活を送っていたが、ある日突然アンヌが病に倒れ右半分(左?)が不随となる。アンヌが自宅での生活を強く望んでいることもありジョルジュは介護を始めた。
最初は手足が自由に動かないだけであったが、日に日に思考することも発話することも難しくなっていくアンヌ。ジョルジュは献身的に介護するものの限界は目に見えていた。下の世話に食事の世話。たとえ看護師の援助があったとしても80代のジョルジュがこなせる量ではなかった。次第に手をあげることも増え、ついには冒頭の結末に至る。

老老介護がテーマではあるものの社会性の強い映画という印象はない。老夫婦の日常が静かに淡々と映し出される。アパルトメントのシーンが大半なので中盤でやや中だるみした感はあるが、追いつめられていくジョルジュの姿が丁寧に描かれていた。献身的に妻の世話ができるのは、確かに愛があればこその行為なのだが、何か自己満足的な匂いすら漂う。娘や看護師の助言に耳を傾けないジョルジュが頑固者に見えることさえあった。愛の呪縛とでも言うのだろうか。


タローさんの余分な物を排した実直な演奏はこの映画にぴたりとはまっていた。挿入曲はシューベルトの即興曲やベートーヴェンのバガテルなど。あまりにも素晴らしかったので即、サントラを買ってしまったほど。タローさんにはぜひシューベルトを録音してほしいな。


居間の書斎にあるCDはイエローレーベルが圧倒的に多かったです^^;

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ピアノマニア [洋画]

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公式サイト(日本)
公式サイト(英)

2009年 オーストリア/ドイツ (ドキュメンタリー)
監督: リリアン・フランク, ロベルト・シビス
出演: シュテファン・クニュップファー, ピエール=ロラン・エマール, ラン・ラン, アルフレート・ブレンデル, ジュリアス・ドレイク, イアン・ボストリッジ他

*内容に触れているので未見の方はご注意ください。



「ピアニストがそれぞれの曲に対して思い描く音色はいつも同じだ。
しかし演奏場所や使用するピアノ、湿度や温度などで変わってしまう。
その場所でできあがる音を、ピアニストがイメージする音に合うよう絶えず調整しないといけない。これがとても難しいんだ。」(→たぶんこういう内容だったか)

調律師シュテファンの言葉です。
このレベルならなるほどと頷けるのですが、映画に登場するピアニストたちの要求はとどまるところを知りません。ランラン然り。ブレンデル然り。ドレイクもまた然り。そして真打はエマール。

エマールとシュテファンはバッハのレコ―ディングの準備を1年前から始めます。
「バッハが意図したことを聴き手に伝えたい」とエマールは考えるので、音に対する要求は桁外れです。オルガンのような音、チェンバロのような音、クラヴィコードのような音、室内楽のような響き...

これに対し、シュテファンはできることは全部やろうという姿勢なんですね。
ある時はホーフブルク王宮へ行ってチェンバロとクラヴィコードの音色を確かめ、またある時はリュートの音色を出すために響版にフェルトを挟んでもみます(残念ながらこれはエマールが却下)。録音用にはピアノNo.245を使う予定ですが、万一に備えて別のピアノも準備(No.780)。ハンマーヘッドも新調します。

そしてレコ―ディング前日。
「あれ、音が広がりすぎるなぁ。前回よりも。」と音に納得できないエマール。
え?まだ不満があるの~この期に及んでそれはないでしょう!!と、つっこみたくなりました。
ここで予備のNo.780が登場です。両方並べて聴き比べるのですが、エマールは最終的にNo.245を選びます。やれやれ。


シュテファンにとって、
「シュテファン!!!この音を待ってたんだよ」
とピアニストが口にする瞬間は何物にも代えがたいのだとか。だから続けられるのかな。
それまでの苦労が報われるとはいえ、並みの精神力ではやっていけない仕事です。(カメラが捉えた場面はほんのわずかですから、実際はもっと厳しい現場だったんじゃないでしょうか。)

さてその「フーガの技法」ですが、
なるほど、本当にチェンバロみたいに、オルガンみたいに聴こえます(爆)。チェンバロは特に分かりやすいです。先入観があるかも?さあ、どうでしょうか。未聴の方は是非聴いてくださいませ。

ベルリンプレミア(2010年)の一コマ。
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ナイスコンビ♪


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